疑念は探究の動機であり、探究の唯一の目的は信念の確定である。

数学・論理学・哲学・語学のことを書きたいと思います。どんなことでも何かコメントいただけるとうれしいです。特に、勉学のことで間違いなどあったらご指摘いただけると幸いです。 よろしくお願いします。くりぃむのラジオを聴くこととパワポケ2と日向坂46が人生の唯一の楽しみです。

書評: 朝永振一郎著『物理学とは何だろうか』

今回は書評です。それは朝永振一郎先生の『物理学とは何だろうか』(上)(下)です。

物理学とは何だろうか〈上〉 (岩波新書)

物理学とは何だろうか〈上〉 (岩波新書)

物理学とは何だろうか〈下〉 (岩波新書 黄版 86)

物理学とは何だろうか〈下〉 (岩波新書 黄版 86)

書評と言っても、数年前にノートに書いたものを以下にそのまま晒します。文字が汚くてみづらいかと思いますが、何かの役に立ってくだされば嬉しいです。
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おまけ
このノートは捨てられないが、かといって電子化するのもめんどくさい。さらにこのノートの裏紙(が白紙であるため)を早く使いたい。そして何よりもブログの中身がそうそうになくなってしまったため、今回このようなブログとなってしまった。

朝永先生の本は数年前に『量子力学』を買って試した。しかし、最初の統計力学の話で挫折した。いつか再び試してみたいとは思うが、それはそれで。この本はそれに比べたら全然初等的な内容であった(それは写真でわかるように高等数学を用いず、初等的な数学で物理学のアイディアを述べようと書かれている)。しかしこの読書体験はとてもよかった記憶がある。かなり刺激的であった。物理学の歴史を通じて、物理学の内容だけにとどまらず、物理学とは何かを探究していっているところがとてもおもしろかった。
物理学の概念の説明は、それは一流の物理学者が述べるのだがら、わかりやすく、それだけでなく物理学とは何かという哲学的な議論もところどころにあって、他書にはないものであった。
物理学の議論の内容がふっと入ってきて、わかった気になった。そして「朝永先生、すげーな」と思った。

この本を読んでしばらく、物理学科から来た人に出会った。その人はいろいろな本を読んでいて、話がとてもあった(辛いときに『老子』を読んで心を落ち着かせていると聞いたときはさすがに驚いた!)。そんなとき、私が朝永先生の『物理学とは何か』を読んで、それに感動したとの話をした。その人も同様に読んでいたらしくさらに「実はあの中にエルゴード性について書かれているがその解釈はどうやら間違いらしい」と言われた(たぶん。記憶違いかもしれない。しかしいずれにせよあの本の中の一部の物理解釈は間違っているとのことを話された)。そして、その人は「そのようなことは田崎先生の『熱力学』か『統計力学』に書かれている」と言われた。私はそのとき田崎先生のことを知らなかったので、その会話の後に、田崎先生の著書を買った。しかし少し読んだけれども諦めた。またそれらも再チャレンジしたい。そして事の真相 -『物理学とは何だろうか』のどこが間違っているのか-を追求したい。

この本は岩波新書なのだが、正直、新書レベルではない。今の時代にはまずありえないぐらいの中身の濃い本である。今の新書は99%以上低レベルの内容のないものだから。
正直、そんなゴミを量産せずに昔の良書・名著を復刻した方が、日本人の知的向上という面で言えば100万倍いいのだが..... 今の時代、本は売れないから、少しでも売ろうと内容のないゴミを量産せざるをえないから仕方がないといえばそうなのですけども。

高校生や大学一年生は昔の新書を読むことをお勧めします。
例えば、他には遠山啓の『数学入門』(上)(下)もお勧めします。

数学入門〈上〉 (岩波新書)

数学入門〈上〉 (岩波新書)

数学入門〈下〉 (岩波新書 青版 396)

数学入門〈下〉 (岩波新書 青版 396)

これは太古の昔から認識されていた自然数からはじまって、最後には微分方程式まで書かれている内容の濃い本です。この一冊(上・下)で、高校数学を一通り網羅できます。

このような昔の良書に遭遇すると「昔は良かった。今はダメだ」と懐古厨になってしまいますが、ご了承ください。

このとき私はどのように勉強すればいいのかわからなかったため、気になった箇所をノートに必死に書いた。けれどももっといい勉強方法もあるのではないかと思う。線を引いたり付箋をつけたりパソコン(アプリ?)を使ったり、と。しかしこのようなある種の原始的愚直さもときには必要なのではないかと思う。名著に対してはそのような方法が最もいいと思う。そしてそのような貴重な体験ができてよかったと思う。



僕から以上