疑念は探究の動機であり、探究の唯一の目的は信念の確定である。

数学・論理学・哲学・語学のことを書きたいと思います。どんなことでも何かコメントいただけるとうれしいです。特に、勉学のことで間違いなどあったらご指摘いただけると幸いです。 よろしくお願いします。くりぃむのラジオを聴くこととパワポケ2と日向坂46が人生の唯一の楽しみです。

ゆっくり学ぶアーベル圏 第2回: 圏の定義といくつかの例

概要

今回からアーベル圏を学んでいく。そのための前提として一般の圏に関する知識を最低限勉強する。この記事では圏の定義と圏の例を示す。特に今後アーベル圏を議論する上で重要なアーベル群の圏{\bf{Ab}}{R}加群の圏{R \bf{Mod}}を示す。

 

 

 はじめに 集合論の復習から

写像とは何か

集合論の基礎はもちろん「集合」と「写像」である。普通、素朴集合論は次のように議論が進む。集合が(なんとなく・直感的に)定義されたのち、部分集合や合併{\cap}や和集合{\cup}などの特別な集合が定義され、 次に写像(map)が定義される。そして特別な写像として単射(injective)・全射(surjective)・全単射(bijective)が定義され、カーディナルナンバー(濃度)の話をする。そして、可算集合非可算集合が議論される。....だいたいこんなものである。

 圏論では写像が中心的な役割を果たす。それでは写像(または関数でも可)とは何か。例えば、写像とは {y = f(x)}のようなある種の式として表されていると定義できるだろう。また、写像とはグラフであると定義してもいいかもしれない。高校ぐらいまでならばそれでも構わないが一般になるとそれでは不十分である*1

そこで素朴集合論では写像は次のように定義されている。

 

{A, B}を集合とする。{A}から{B}への写像{f}とは{A}のすべての元{a\in A}に対して、ただ1つの{B}の元が対応することをいう。それを{f: A\to B}と書く。

このとき、写像の出発のところである{A}を定義域(domain)、写像の行った先{B}を値域(codomain)とそれぞれ言う。

これでも定義としてはかなりいいものであるが、まだ厳密ではない。 「対応関係」というのが曖昧であるからである。この写像(関数)を厳密に定義する方法は次の2つである。つまり、一つ目は写像集合として定義する方法であり、もう一つは写像公理化させる方法である。

前者が公理的集合論の立場であり、後者が圏論の立場である*2。それでは、写像の公理化とは何か。それは写像の性質を抽出してそれをみたすものを写像と呼ぼうということである。

 

写像の性質

上の写像の定義から写像の性質をみてみよう。最初は写像の合成(composition)である。

 

合成写像結合法則

2つの写像 {f: A\to B_1, g: B_2\to C}が与えられたとする。もし、写像 {f}の行った先 {B_1}写像 {g}の出発地 {B_2}が一致しているならば、これらの写像によって{A}から{C}への新しい写像 {k: A\to C}を定義することができる。つまり、もし {B = B_1 = B_2}ならば、新たな写像 {k: A\to C}が定義できる。写像 {k}は集合 {A}の各要素 {a\in A}に対して、まず 集合{B}に要素  {f(a)\in B}が存在する。さらに、{g: B\to C}写像であるので、つまり任意の要素 {b\in B}に対して、集合 {C}の要素{g(b)}に割り当てられるので、集合{C}には要素  {g(f(a))\in C}が存在する。つまり、写像 {k: A\to C}は任意の要素 {a\in A}に対して{g(f(a))\in C}が対応する。

{k: A\to C}

       {a\mapsto g(f(a))}

{k(a):= g(f(a))}*3

いま、新たにできた写像{k: A\to C}と書いているが、これを{g\circ f}(読み方は「ジー・オヴ・エフ」や「ジー・アフター・エフ」や「ジー・マル・エフ」など)と書き直す。つまり、写像 {A\overset{f}{\to}B\overset{g}{\to}C}に対して{A}から{C}への新たな写像

{(g\circ f)(a):= g( f(a) ) )} 

である。順序に注意。ちなみに、たまに合成写像の書き方をそのまま{fg}と書くこともあるらしい。Lawvereの原論文ではそのように書かれている。彼の著書はそうではない。また、コンピュータ・サイエンス関係ではそのように書くこともあるらしい。その辺の事情はわからない。

 

これから次の性質が容易にわかる。それは任意の写像 {f, g, h}に対して、{h\circ (g\circ f) = (h\circ g)\circ f}が成り立つことである。つまり、

定理

集合 {A, B, C, D}が与えられ、写像 {f: A\to B,\, g: B\to C,\, h: C\to D}が与えられているとする。このとき、

 

{h\circ (g\circ f) = (h\circ g)\circ f}

 

が成り立つ。

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これが、写像の公理の1つである。

 

恒等写像の法則

写像 {f: A\to B}に対して、集合は必ず異なるものでなければならないという訳ではない。つまり同じ集合の間の写像も定義できるのである。 そのような写像 {f: A\to A}エンドウモルフィズム(endomorphism)と言う*4。例えば、{f: \mathbb{R}\to \mathbb{R},\, f(x) := 2x}は実数 {\mathbb{R}}からそれ自体へのエンドウモルフィズムである。

さらに、エンドウモルフィズム {f: A\to A}の中で、特別な写像が存在する。それは、集合 {A}の任意の要素 {a\in A}をそのまま{a\in A}に写すような写像である。つまり、任意の要素 {a\in A}に対して

{f(a):= a}

 である写像である。

このような写像恒等写像(identity map)と言う。集合{A}の恒等写像{\text{id}_{A}: A\to A}{1_A: A\to A}と書く。さらに、文脈によりどの集合の恒等写像かわかるときは、簡単に \text{id}と書かれることもある。だが、この一連の記事ではそのようには書かない。ちゃんとどこの恒等写像であるのか必ず明記する。

恒等写像の例として実数からそれ自体への写像 {1_{\mathbb{R}}: \mathbb{R}\to\mathbb{R}, 1_{\mathbb{R}}(x):= x}がある。

 

さて、この恒等写像は次の性質を満たすことが容易にわかる。それが恒等写像の法則(the laws of identity maps)であり、もう1つの写像の公理である。

定理

任意の集合 {A}に対して、恒等写像 {1_A: A\to A}が存在して、任意の写像 {f: A\to B}に対して、

(1):  {f\circ 1_A = f}

かつ

(2):  {1_B\circ f = f}

が成り立つ。

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以上が写像の公理化において必要な知識である。ここから逆に写像をこのような性質を満たすものとして定義する(公理化させる)のである。それが圏(Category)である。

 

 

箸休め 関数と写像の違い

初学者が困惑する一つに「関数と写像の言い方の違いは何か」ということであると思われる。私も結構悩んだ。「高校までは関数と言っていたのに大学になると写像と言われるようになった。かと言って、関数という言葉が廃れたわけでない。ならばどうしてわざわざ写像と言うのか?」

このような悩みにたいして私の経験と私なりの回答をここで記そう。

私は稲葉三男の『微積分の根底をさぐる』という本を読んだ。

 

微積分の根底をさぐる

微積分の根底をさぐる

 

 この本は私の人生に影響を与えたものの一つである。それは微積を習うときに初学者が陥りやすいところを筆者なりに丁寧に解説したものである。というより読者と一緒に悩むという本である。もしかしたら好みは分かれるかもしれないし、これを読むことによって余計に混乱が生じるかもしれないが、私は好きである。

さて、そこには「関数と写像の違いは何か」という話がある。その悩みは「ある意味では重要でありある意味ではナンセンスである」と著者は言う。そして筆者は次のことを指摘する。写像は必ず行くところ(domain)と行った先(codomain)が明示されている。だが、対して関数は必ずしもそれらを言及しない。したがって、関数ならば 「{y=\frac{1}{x}}の定義域は何か」という問題はあり得るが、写像ならばそれはナンセンスでありそのような違いが生じると言う。

他にもいくつか関数と写像の違いを議論している。

 

別の本には「写像と関数は同義である」と書かれてある。例えば、彌永昌吉の『数の体系』(上)の写像の項目である。

 

数の体系 上 (岩波新書 青版 815)

数の体系 上 (岩波新書 青版 815)

 

 

さらに、多様体では写像 {f: M\to N}の行った先つまり{N}が一次元の実数空間 {\mathbb{R}^1}ならばそれは写像と言わず関数と呼ばれる。対してそれ以外の一般ならばそのまま写像と言われる。これは慣習ということもあるが、それだけではない。行った先(codomain、つまりここでは {N})が一次元かどうかというのは写像の性質が決定的に異なるため、そのように区別するのが都合がいいという理由がある。

 

 

以上の話をまとめると私の結論はこうである。つまり、写像と関数は同じ意味である(同義)。だが、一つは慣習として関数というときがある(関数解析など)。もう一つは特に幾何学において写像 {f: A\to B}の行った先(codomain)が実数 {\mathbb{R}}複素数 {\mathbb{C}}(の部分集合)ならば、その写像は関数と呼ばれるということである。

 

 

圏の定義

これまでは写像の性質をみてきた。その性質-----つまり合成が定義されそれらが結合法則と恒等写像の法則-----を満たす数学的概念をと呼ぶ。

定義

{\bf{C}}とは、次のデータから成り立つものである。

  • 対象(object)とよばれるものの集まり(collection)から成り立っている。それらは {A, B, C, X, Y, Z, \ldots}などで書かれる。{A}{\bf{C}}の対象であることを {A\in \text{ob}(\bf{C})}や簡単に{A\in\bf{C}}などと書かれる。
  • (arrow, morphism, map)とよばれる集まりから成り立っている。射は {f, g, h, \alpha, \beta, \theta, \phi, \psi\ldots}などで書かれる。射 {f}ドメイン(domain)と呼ばれる対象とドメイン(codomain)と呼ばれる対象から成り立っていて、それぞれ{\text{dom}(f), \text{cod}(f)}と書かれる。射 {f}ドメインおよびコドメインがそれぞれ対象 {A, B}であるとき、つまり{\text{dom}(f) = A,\, \text{cod}(f) = B}であるとき、射 {f}{f: A\to B}{A\overset{f}{\to}B}などで表す。
  • 射は合成が定義されている。つまり任意の射 {f: \text{dom}(f)\to \text{cod}(f),\, g: \text{dom}(g)\to \text{cod}(g)}に対して、もし {\text{cod}(f) = \text{dom}(g)}ならば、新しい射 {g\circ f: \text{dom}(f)\to \text{cod}(g)}が定義されていることである。

 

そして圏は(対象)と射に関して次の公理を満たす。

 

(I): 結合法則

{\bf{C}}の任意の対象 {A, B, C, D}と任意の射 {f: A\to B,\, g: B\to C,\, h: C\to D}に対して、

 

{h\circ (g\circ f) = (h\circ g)\circ f}

 

(II): 恒等射の法則

{\bf{C}}の任意の対象 {A}に対して、恒等射(identity arrow)と呼ばれる射  {1_{A}: A\to A}が存在して、次の性質を満たす。任意の射 {f: A\to B}に対して、

(1):  {f\circ 1_A = f}

かつ

(2):  {1_B\circ f = f}

が成り立つ。

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射の結合法則と恒等射の法則


 

 

圏の例

ここからはいくつかの圏の例を見ていこう。ただし、アーベル圏に最低限必要な圏しかここでは紹介しない。

 

集合の圏{\bf{Sets}}

これは一番典型的な圏である。集合の圏{\bf{Sets}}とは、対象が集合であり射が写像であるものである。これは明らかに圏の公理を満たしている。

 

プレセットの圏{\bf{Pre}} 

これは正直に言うと今回のアーベル圏の記事には必要のない知識である。もし理解できるならば理解して欲しいという程度のものである。というのもこれをアーベル圏と比較して初めて、よりアーベル圏を理解することが可能であるからである。しかし必ずしもこれを理解しなければならないというわけではない。だが、一般の圏論においては極めて重要な概念であることは疑いない。

 

前置きはこの辺にしてプレセットの圏{\bf{Pre}}とは、その対象はプレ集合であり、その射はモノトーン写像(monotone map)である圏である。

プレ集合(Preset) {P}とは、集合 {P}{R}上の二項関係 {\leq}をもち、それが次の2つの性質を満たすものである。

(1): 任意の元 {a\in P}に対して、{a\leq a}が成り立つ(reflective)。

(2): 任意の元 {a,\, b,\, c\in P}に対して、

{a\leq b}かつ{b\leq c}ならば {a\leq c}が成り立つ(transitive)。

この性質を満たす二項関係 {\leq}プレオーダー(擬順序, preorder)と言う。

プレ集合 {P, \, Q}に対して、モノトーン写像 {f: P\to Q}とはプレオーダーを保つ写像である。つまり、

任意の {a \leq_{P} b\in P}に対して、{f(a) \leq_{Q} f(b)}が成り立つ写像である。

これが圏であることを示すためには、プレ集合の圏 {\bf{Pre}}の合成の定義を確認して、その恒等射を示せばよい。

まず、これが合成が定義できることを示す。つまり、任意のモノトーン写像 {f: P\to Q}{g: {Q\to R}}に対して、その合成 {g\circ f: P\to R}もまたモノトーン写像であることを示す。つまり、任意の元 {a\leq_{P} b\in P}に対して、{g\circ f(a)\leq_{R} g\circ f(b)}であることを示さなければならない。だが、明らかにこれは成り立つ。

プレ集合の圏 {\bf{Pre}}の任意の対象 {P}の恒等射は {P}の恒等写像 {1_{P}(x):= x}である。これが、モノトーン写像であることも明らかである。

以上より、{\bf{Pre}}は圏である。

 

それ以上に大切なことはプレ集合 {P}それ自体圏とみなすことができるということである。つまり、プレ集合は射が多くとも1つである圏とみなすことができるのである。だが、それに関して今回は省略する。

 

モノイドの圏{\bf{Mon}}

モノイド {M}とは、集合{M}二項関係 {\cdot: M\times M\to M}{M}のある特別な元 {e\in M}のトリプル {(M,\, \cdot,\, e)}であり、それは次のような性質を満たす。

(1):  {M}の任意の元 {x, y, z\in M}に対して、{z\cdot (y\cdot x) = (z\cdot y)\cdot x}が成り立つ。

(2):  {M}の各元 {x\in M}に対して、{x \cdot e = e \cdot x = x}が成り立つ。 {e}単位元と言う。

 

このとき、モノイド {M}それ自体は圏である。つまりモノイド {M}は対象がただ1つの圏とみなすことができる。実際、ただ1つの対象 {*}に対して、{M}の元 {x}を射とする。つまり {x: *\to *}とする。任意の射 {*\overset{x}{\to}*\overset{y}{\to}*}に対する射の合成 {y\circ x: *\to *}をモノイドの二項関係 {\cdot}で定義する。つまり、

{y\circ x:= y\cdot x}で定義する。すると、容易にわかるように、恒等射 {1_{*}: *\to *}はモノイドの単位元 {e}である。つまり、{1_{*}:= e}である。圏の結合法則および恒等射の法則は、上のモノイドの性質 (1), (2)より、満たすことがわかる。

したがって、モノイド {M}は圏である。

 

{\bf{Mon}}を定義しよう。

定義 {\bf{Mon}}

{\bf{Mon}}を対象をモノイドの集まり、射をモノイド準同型写像(homomorphism)の集まりとする。つまり、モノイド {(M, \cdot_M, e_M),\, (N, \cdot_N, e_N)}が与えられたとすると、モノイド準同型写像 {f: M\to N}とは 1) {M}の任意の元 {x,\, y\in M}に対して、

{f(x\cdot_M y) = f(x)\cdot_N f(y)}が成り立ち、さらに 2) {f(e_M)=f(e_N)}が成り立つ写像である。

モノイド準同型写像の合成はまたモノイド準同型写像であり、恒等写像  1_{M}: M\to Mもモノイド準同型写像より、 {\bf{Mon}}は圏である。 

 

群の圏{\bf{Group}}とアーベル群の圏{\bf{Ab}}

群の圏{\bf{Group}}

(Group)とは、モノイド {G}にさらに次の性質を満たすものを言う。つまり、

(3): {G}の任意の元 {g\in G}に対して、ある元 {g^{-1}\in G}が存在して、

{g\cdot g^{-1} = g^{-1}\cdot g = e}が成り立つ*5。この元を {g}逆元(inverse element)と言う。

 

もちろん群 {G}それ自体も圏である。モノイド {M}よりも少し特別な性質を持つものである*6

 

{\bf{Mon}}と同様に、{\bf{Group}}を定義しよう。

定義 {\bf{Group}}

対象が群であり、射が群の準同型写像であるような集まり{\bf{Group}}を定義する。ここで群の準同型写像 {f: G\to H}とは、任意の元 {g_1,\, g_2\in G}に対して、

{f(g_1\cdot_G g_2) = f(g_1)\cdot_H f(g_2)} が成り立つことである。

ここで、群の準同型の単位元の保存について注意しよう。というのも、モノイドのときは {f(x\cdot y) = f(x)\cdot f(y)}が成り立っていたとしても、単位元の保存、すなわち {f(e) = e}が成り立つとは限らない。だから、モノイドの準同型写像の定義には単位元の保存が要請された。だが、対して群の準同型写像は構造が保たれているならば、単位元も保たれていることがわかるのである。

実際、{f: G\to H}を群の準同型写像{G,\, H}単位元をそれぞれ {e_{G},\, e_{H}}とすると、{f(e_G\cdot e_G) = f(e_G) = f(e_G) \cdot e_H}であり、よって {f(e_G)\cdot f(e_G) = f(e_G)\cdot e_H}である。元 {f(e_G)\in H}に対して、逆元 {f(e_G)^{-1}}が存在するので、両辺に {f(e_G)^{-1}}を掛けて、結合法則を使えば、{f(e_G) = e_H}が得られる。

 

モノイドの準同型写像と同じように、群の準同型写像の合成もまた準同型となっていて、恒等写像準同型写像である。したがって、{\bf{Group}}は圏である。

 

アーベル群の圏 {\bf{Ab}}

{G}は一般には可換性が保証されていない。つまり、任意の{g,\,h\in G}に対して、

(4):  {g\cdot h = h\cdot g}

であるとは限らない。

もしも、群  {G}が (4)を満たすとき、それをアーベル群(Abelian group)と言う。

そして当然ながら前の群の議論はそのまま使える。つまりアーベル群の準同型写像が定義でき、そして圏 {\bf{Ab}}を定義することができる。

定義 {\bf{Ab}}

{\bf{Ab}}とは、対象がアーベル群で射がアーベル群の準同型写像である圏である。

 

これがまさにアーベル圏(アーベル群の圏{\bf{Ab}}と違うので注意!)の具体例である。言い換えれば、アーベル圏はアーベル群の圏 {\bf{Ab}}の抽象化された圏である。

 

閑話休題 部分圏について

これはそれほど重要ではなく、もしよくわからなければ抜かしても構わないセクションである。この一連の記事に必要じゃないかもしれない。必要になったらそのとき、再び考えるから問題ない。

集合論のとき、ある与えられた集合に含まれる小さな集合を考えた。それは部分集合(subset)である。それと似た意味である圏に対する部分圏を考えることができる。それは次である。

 定義

{\bf{C}}が与えられたとして、圏 {\bf{D}}が次の条件を満たすとき、それを部分圏(subcategory)と言う。

 

(1):  圏 {\bf{D}}の任意の対象は 圏{\bf{C}}の対象である。

 

(2):  圏 {\bf{D}}の任意の対象 {A,\, B}に対して、

{\bf{D}}の射 {f: A\to B}の集まり {\text{Hom}_{\bf{D}}(A, B)}{\bf{C}}の射 {f: A\to B}の集まり {\text{Hom}_{\bf{C}}(A, B)}の部分集合であり、かつ、{\bf{D}}の恒等射および射の合成が {\bf{C}}と一致していることである。

 

さらに、もし圏 {\bf{C}}の部分圏 {\bf{D}}が、{\bf{D}}の任意の対象 {A, B}に対して、

{\text{Hom}_{\bf{C}}(A, B) = \text{Hom}_{\bf{D}}(A, B)}であるとき、{\bf{D}}をフル部分圏(full subcategory)と言う(日本語の訳があったが忘れた)。

 

明らかに、アーベル群の圏 {\bf{Ab}}は群の圏 {\bf{Group}}のフル部分圏であり、群の圏はモノイドの圏 {\bf{Mon}}のフル部分圏である。

 

加群の圏{\it{R} \bf{Mod}}とベクトル空間の圏{\bf{Veck}_{\it{K}}}

 {R} 加群とは体 {K}上のベクトル空間を一般化したものである。そこでまず、加群に必要な環を定義する。環を特殊化したものが体である。次に、加群とベクトル空間を定義する。最後にそれらの射(準同型写像)を定義して、加群の圏とベクトル空間の圏を定義して終わる。

 

環と体

定義 環

{R}(ring)とは、加法 {+: R\times R\to R}と乗法 {\cdot: R\times R\to R}呼ばれる{R}上の二項関係をもつ集合であり、次の(1) - (4)を満たすものである。

(1):  加法に関して {R}はアーベル群をなしている。ただし加法の単位元{0}とする。

 

(2):  乗法に関して結合法則が成り立つ。つまり、{R}の任意の元 {a,\, b,\, c\in R}に対して

{a\cdot (b\cdot c) = (a\cdot b)\cdot c}が成り立つ。

 

(3):  加法と乗法に関して分配法則が成り立つ。つまり、{R}の任意の元 {a,\, b,\, c\in R}に対して

{(a + b)\cdot c = a\cdot c + b\cdot c}

かつ

{a\cdot (b + c)= a\cdot b + a\cdot c}

が成り立つ。

 

(4):  乗法に関して単位元 {1\in R}を持つ。つまり、{R}の任意の元 {a\in R}に対して

{1\cdot a = a\cdot 1 = a}

 が成り立つ。

 

さらに、乗法に関して可換であるとき、つまり、{R}の任意の元 {a,\,b\in R}に対して、

{a\cdot b = b\cdot a}が成り立つとき、{R}可換環(commutative ring)と言う。

例えば、整数の集合 {\mathbb{Z}}可換環(つまり環)である。

 

最後に、もし可換環 {K}がゼロでない任意の元 {a\neq 0\in K}に対して、{a\cdot b = 1}となる元 {b\in K}が存在するとき、{K}を(可換)と(field)言う。

体の例は、実数 {\mathbb{R}}有理数 {\mathbb{Q}}などである。

 

 {R} 加群とベクトル空間

{R} 加群と体 {K}上のベクトル空間を定義する。{R}は環であるため、左作用なのか右作用かで異なる定義をする。が、体 {K}可換環であるので、その区別はなくなる。つまり両側加群となる。

定義 左(右){R}加群

{R}{M}をそれぞれ環とアーベル群とする。このとき、{M}{R}加群であるとは、写像 {\phi: R\times M\to M,\,\, (a, x)\mapsto ax}が定義されていて、それが次の性質 (1) - (3)を持つことを言う。

(1):  {a(x + y) = ax + ay}          {(a\in R,\,\, x, y\in R)}

 

(2):  {(a + b)x = ax + bx,\,\,\, (ab)x = a(bx)}          {(a, b\in R,\,\, x\in R)}

 

(3):  {1x = x}          {(1\in R,\,\, x\in R)}

 

同様に {M}が右 {R}加群であるとは、写像 {\psi: M\times R\to M,\,\, (x, a)\mapsto xa}が定義されていて、(1)' {(x + y)a = xa + ya,} (2)' {x(a + b) = xa + xb,\,\, x(ab) = (xa)b}, (3)' {x 1 = x}が成り立つことである。

 

さらに、{K}が体であるときの加群を(有限次元)ベクトル空間と言う。

 

 {R} 準同型と線形写像 

{R} 加群準同型写像を定義する。それはベクトル空間で言えば、線形写像のことである。

定義 {R}準同型写像

{M,\, M'}{R}加群とする。写像 {f: M\to M'}{R}準同型(homomorphism)であるとは、任意の {a\in R,\,\, x, y\in M}に対して、

(1):  {f(x + y) = f(x) + f(y)}

 

(2):  {f(ax) = af(x)}

が成り立つことである。

容易に示されるように準同型の合成はまた準同型である。さらに、恒等写像 {1_M: M\to M}{R}準同型写像である。 

 

{K}上のベクトル空間の準同型{f: V\to W}線形写像(linear map)と言う。

 

{R} 加群の圏と体 {K}上のベクトル空間の圏 

以上より、我々は加群の圏とベクトル空間の圏をこれまでと同様に定義することができる。

定義  左 {R}加群の圏

{R}を環とする。左 {R}加群の圏 {\it{R} \bf{Mod}}とは、対象が左 {R}加群 {M,\, N,\, P,\ldots}であり、射が{R} 準同型写像 {f: M\to N,\, g: N\to P,\ldots}である圏である。

これの特別なバージョンとして体{K}上のベクトル空間の圏 {\bf{Veck}_{\it{K}}}がある。その対象は体 {K}上のベクトル空間でありその射は線形写像である。

 

特に体 {K}上の有限次元のベクトル空間の圏{\bf{FVeck}_{\it{K}}}圏論において重要な例を与えてくれる。

 

加群の圏はベクトル空間の圏の一般化である。したがって、よくわからなかったらベクトル空間を思い出して議論すればいい。たぶんそれでほとんど問題ないと思う。 

 

我々が探究するアーベル圏は加群の圏の一般化でもある。 

 

 

おわりに 次回予告

今回は、圏の定義とその例を示した。次回からの2回は特別な対象と射を議論していく、それは集合論において全射単射カルテジアン積などの特別な概念があったようにである。

次回は、特別な射について議論する。1週間に1回更新できればいいなと思う。次号を待て!

 

 

参考文献

Mac Lane, Mathematics, Form and Function, Ch. V. 1-4

Awodey, Category Theory, Ch.1.1-1.4

Lawvere and Schanuel, Conceptual Mathematics, Part I The category of sets

 

 

僕から以上

 

*1:例えば、{0}から{1}の閉区間の数に対して、有理数ならば1、無理数ならば0の値となる関数を考えよう(ディリクレ関数)。これは明らかにグラフで表すことはできない。

*2:実は写像を集合として定義する方法を私は全然詳しくない。それを正直に言わなければならない。たしかまず順序対{\langle x, y\rangle }{\{\{x\}, \{x, y\} \}}で定義してそれがwell-definedであることを示す。そしてそこからカルテジアン{X\times Y}を定義して、二項関係{R}{X\times X}の部分集合として定義する。そしてそれに適当な条件を加えたものを関数と定義する、といった感じであったような気がする。適当な本を参照すれば集合による関数の定義が載っていると思う。私はシンガー・ソープの『トポロジー幾何学入門』に記載されていたことを知っている。だが、詳しくは覚えていない。何年か前にそれのセミナーを聴講したときに、写像の定義を見つけたからである。

*3:一般にA:= Bと書かれていたら、それは「AをBで定義する」という意味である。ここでは、つまり写像 {k(a)}{g(f(a) )}で定義するということである。

*4:日本語でなんて言うのか知らないんでそのままカタカナ表記にした。

*5:正確に言うと、ある元が存在していることだけを述べているので、その唯一性は言及されていない。しかし、容易にわかるようにこのような性質を満たす元はただ1つしかないことが保証されている。もし、時間があるならば解いてみてください。

*6:{G}はただ1つの対象を持ちすべての射が同型であるような圏である。第3回を参照せよ。