今回はシリーズ第1回目である。プレ加法圏について議論する。圏の定義などを既知とする。
プレ加法圏は加法圏よりも広い概念である。そこではゼロ対象やゼロ射やバイプロダクト(直和)が定義される。
ゼロ対象
加法圏を定義するためにはゼロ対象を定義しなくてはならない。
定義 (ゼロ対象)
圏の対象
がゼロ対象であるとは、それが始対象でありかつ終対象であることである。すなわち、任意の対象
に対して、
から
へのただ1つの射が存在して、かつ
から
へのただ1つの射が存在する。
例えば、線形代数において、ゼロベクトル空間 はベクトル空間の圏
のゼロ対象である。
ゼロベクトル空間 は次のように定義される(自明)。
和は で、スカラー倍は
で定義する。
すると、 はベクトル空間の公理を満たす。
任意のベクトル空間 に対して、(ただし
は
の単位元)
の線形写像と
の線形写像をそれぞれ考える。
の線形写像(というか写像)は
のただ1つしか存在しない。そしてこれは明らかに線形写像である。つまり、
かつ
である。
さらに、 の線形写像について、写像
は線形写像である。つまり、
かつ
である。それは単位元の性質から明らか。つまり線形写像の存在が示された。次にその唯一性を示そう。そのために
を線形写像とする。
であり、
を満たすとする。
このとき、 を示せばいい。つまり、
を示せばよい。
これは簡単に示される。
この等式の両辺に を加えて計算すれば、
が得られる。
以上より、ゼロベクトル空間 はベクトル空間の圏
のゼロ対象であることがわかった。
同様にアーベル群の圏 や
加群の圏
もゼロ対象が存在する。
圏 がゼロ対象
を持つとき、任意の対象
に対して、射
が定義できる。つまり、
を通る
から
の射が定義される。これをゼロ射といい
と書く。または単に
と書く。
ゼロ射には次の性質があることが容易にわかる。
任意の射 に対して、
かつ
が成り立つ。
のみを示そう。そのために任意の対象
に対して、ただ1つの射をそれぞれ
と
と書こう。このとき、ゼロ射
は
となる。
とする。このとき一方で射
が存在して他方で合成射
が存在する。ここでゼロ対象
の射の唯一性より、
であることがわかる。
したがって、 より、
である。
同様に が示される。
プレ加法圏
対象間の射の集まりがアーベル群となるときプレ加法圏という。ここではゼロ対象やゼロ射とは全く関係ない。
定義(プレ加法圏)
プレ加法圏とは、
の各ホモ集合
がアーベル群であり、さらにすべての合成写像がバイリニアーであることである。つまり、
の任意の対象
に対して、合成
が存在して、任意の射
と
に対して、
が成り立つ。
プレ加法圏の例は、例えばアーベル群の圏 や
加群の圏
である。
ここで、非自明なプレ加法圏の例として、単位環をあげよう。つまり単位環はプレ加法圏として考えることができるのである。
まず、単位環 の定義を復習しよう。それは次のようなものである。2つの演算 和
と積
と要素
が存在して、次の法則を満たす。
- 任意の要素
に対して、
が成り立つ。
- ある要素
が存在して任意の要素
に対して
が成り立つ。
- 任意の要素
に対して、ある要素
が存在して
が成り立つ。
- 任意の要素
に対して、
が成り立つ。
つまり、 は和に関してアーベル群である。さらに
- 任意の要素
に対して、
が成り立つ。
- 任意の要素
に対して、
が成り立つ。
- 任意の要素
に対して、
が成り立つ。
つまり、 は積に関して、結合法則が成り立ち、積の単位元が存在して、分配法則が成り立つものである。
まず、単位環 は圏として考えることができる。対象は1点
であり、射は環の要素
である。つまり、
を
とみなす。射の合成を単位環の積として定義する。つまり、
に対して、
で定義する。
このとき、環の合成法則より、射の合成法則が成り立つ。さらに単位環より、恒等射 が存在する。
続いて、 がプレ加法圏であることを示す。射のホモ集合
は環の和によってアーベル群となる。つまり、
に対して、
で定義すれば、
はアーベル群となる。
さらに が合成がバイリニアーであることは、単位環の分配法則によって成り立つ。つまり、
と
に対して、
が成り立つ。
以上より、単位環 はプレ加法圏とみなすことができる。
さて、プレ加法圏について次の命題が成り立つ。
命題 1
プレ加法圏の対象
に対して、次が成り立つ。
は
と
の積(product)である。
は
と
の余積(coproduct)である。
- ある対象
と射
が存在して、
が成り立つ。
証明の前に積と余積の定義を復習しよう。 の対象
の積とは、対象
と射のペア
であり、それが次の性質を満たすものである。すなわち、任意の射のペア
に対して、射
がただ1つ存在して
かつ
を満たす。
の対象
の余積とは、対象
と射のペア
であり、それが次の性質を満たすものである。すなわち、任意の射のペア
に対して、射
がただ1つ存在して
かつ
を満たす。
証明
を示す。
も同様に示される。
ならば
を示す。
を
と
の積とする。積の定義より、
と
で、
が成り立つような射がただ1つそれぞれ存在する。
ここで、 および
はそれぞれアーベル群
の単位元である。
このとき、 を示せばよい。
とおくと、積の唯一性より、
かつ
を示せばよい。
よって、プレ加法圏の性質より、
である。
以上より、 ならば
が示された。
逆に、 ならば
を示そう。任意のペア
に対して、射
を
で定義する。このとき、プレ加法圏の性質と(3)の仮定より
である。
このような射がただ1つであることを示すために、射 が存在して
を満たすとする。このときプレ加法圏の性質と(3)の性質 より、
つまり、 である。これで射の唯一性が示された。
以上より、 ならば
が示された。
(証明終わり)
ここでこのような対象を定義しよう。
定義(バイプロダクト)
プレ加法圏の対象
のバイプロダクト
とは、5つの組み
であり、それぞれ
は
の対象で、
は
の射で、
は
の射で、
は
の射で、
は
の射で、
次の性質を満たすものである。
このとき、
を
のプロジェクション(射影)といい、
を
のインジェクション(入射)という。
上の命題よりバイプロダクトは積でもありかつ余積でもある。
さらに、容易にわかるようにプロジェクションはエピモルフィズムであり、インジェクションはモノモルフィズムである。
射 がモノモルフィズムであるとは、任意の射のペア
で
に対して、
が成り立つことである。
双対的に射 がエピモルフィズムであるとは、任意の射のペア
で
に対して、
が成り立つことである。
プロジェクション がエピモルフィズムであることを示すために、射のペア
が
を満たすとする。このとき、
は
となるので、
となる。
のときも同様である。
インジェクション がモノモルフィズムであることを示すために、射のペア
が
を満たすとする。このとき、
であるから、
となる。
も同様である。
加法圏
以上より加法圏を定義することができる。加法圏とはバイプロダクトとゼロ対象を持つプレ加法圏である。
定義 (加法圏)
プレ加法圏が加法圏であるとは、
がバイプロダクトとゼロ対象を持つものである。
アーベル群の圏 は加法圏である。
加群の圏
は加法圏である。
単位環 はプレ加法圏であるが、加法圏ではない。
次回は加法圏について議論する。
僕から以上