疑念は探究の動機であり、探究の唯一の目的は信念の確定である。

数学・論理学・哲学・語学のことを書きたいと思います。どんなことでも何かコメントいただけるとうれしいです。特に、勉学のことで間違いなどあったらご指摘いただけると幸いです。 よろしくお願いします。くりぃむのラジオを聴くこととパワポケ2と日向坂46が人生の唯一の楽しみです。

アーベル圏・完全圏・三角圏・導来圏 第1回

今回はシリーズ第1回目である。プレ加法圏について議論する。圏の定義などを既知とする。
プレ加法圏は加法圏よりも広い概念である。そこではゼロ対象やゼロ射やバイプロダクト(直和)が定義される。

ゼロ対象

加法圏を定義するためにはゼロ対象を定義しなくてはならない。

定義 (ゼロ対象)
{\mathscr{A}} の対象 {O} がゼロ対象であるとは、それが始対象でありかつ終対象であることである。すなわち、任意の対象 {A} に対して、{A} から {O} へのただ1つの射が存在して、かつ {O} から {A} へのただ1つの射が存在する。

例えば、線形代数において、ゼロベクトル空間 {O = \{\star\}} はベクトル空間の圏 {\textbf{Vec}_K} のゼロ対象である。
ゼロベクトル空間 {O = \{\star\}} は次のように定義される(自明)。
和は {\star + \star:= \star} で、スカラー倍は {k\cdot \star:= \star,\,\,k\in K} で定義する。
すると、{O} はベクトル空間の公理を満たす。

任意のベクトル空間 {(V, e_V)} に対して、(ただし {e_V}{V}単位元)
{V\to O} の線形写像{O\to V} の線形写像をそれぞれ考える。
{V\to O} の線形写像(というか写像)は {f(v) = \star} のただ1つしか存在しない。そしてこれは明らかに線形写像である。つまり、{f(v_1 + v_2) = f(v_1) + f(v_2)} かつ {f(k v) = k f(v)} である。
さらに、{O\to V} の線形写像について、写像 {g: O\to V,\,\, g(\star) = e_V} は線形写像である。つまり、{g(\star + \star) = g(\star) + g(\star)} かつ {g(k\star) = k g(\star)} である。それは単位元の性質から明らか。つまり線形写像の存在が示された。次にその唯一性を示そう。そのために {h: O\to V} を線形写像とする。{h(\star) = v\in V} であり、{h(\star + \star) = h(\star) + h(\star),\,\, h(k\star) = k h(\star)} を満たすとする。
このとき、{g = h} を示せばいい。つまり、{g(\star) = e_V = v = h(\star)} を示せばよい。
これは簡単に示される。
{v + e_V = v = g(\star) = g(\star + \star) = g(\star) + g(\star) = v + v}
この等式の両辺に {-v} を加えて計算すれば、{v = e_V} が得られる。


以上より、ゼロベクトル空間 {O = \{\star\}} はベクトル空間の圏 {\textbf{Vec}_K} のゼロ対象であることがわかった。
同様にアーベル群の圏 {\textbf{Ab}}{R} 加群の圏 {R\textrm{-}\textbf{Mod}} もゼロ対象が存在する。



{\mathscr{A}} がゼロ対象 {O} を持つとき、任意の対象 {A, B\in\textrm{Ob}(\mathscr{A})} に対して、射 {A\to O\to B} が定義できる。つまり、{O} を通る {A} から {B} の射が定義される。これをゼロ射といい {0_{A, B}: A\to B} と書く。または単に {0: A\to B} と書く。
ゼロ射には次の性質があることが容易にわかる。
任意の射 {f: A\to B, g: B\to C} に対して、
{0_{B, C}\circ f = 0_{A, C}} かつ {g\circ 0_{A, B} = 0_{A, C}} が成り立つ。

{0_{B, C}\circ f = 0_{A, C}}のみを示そう。そのために任意の対象 {A} に対して、ただ1つの射をそれぞれ {t_A: A\to O}{i_A: O\to A} と書こう。このとき、ゼロ射 {0_{A, B}}{0_{A, B} = i_B\circ t_A: A\to B} となる。

{0_{B, C} = i_C\circ t_B} とする。このとき一方で射 {t_A: A\to O} が存在して他方で合成射 {t_B\circ f: A\to O} が存在する。ここでゼロ対象 {A\to O} の射の唯一性より、
{t_A = t_B\circ f} であることがわかる。
したがって、{0_{A, C} = i_C\circ t_A} より、
{0_{B, C}\circ f = i_C\circ t_B\circ f = i_C\circ t_A = 0_{A, C}} である。
f:id:yoheiwatanabe0606:20190130062019p:plain

同様に {g\circ 0_{A, B} = 0_{A, C}} が示される。

プレ加法圏

対象間の射の集まりがアーベル群となるときプレ加法圏という。ここではゼロ対象やゼロ射とは全く関係ない。

定義(プレ加法圏)
プレ加法圏 {\mathscr{A}} とは、{\mathscr{A}} の各ホモ集合 {\textrm{Hom}_{\mathscr{A}}(A, B):= \{f: A\to B\}} がアーベル群であり、さらにすべての合成写像がバイリニアーであることである。つまり、{\mathscr{A}} の任意の対象 {A, B, C} に対して、合成 {\circ: \textrm{Hom}_{\mathscr{A}}(A, B)\times \textrm{Hom}_{\mathscr{A}}(B, C)\to \textrm{Hom}_{\mathscr{A}}(A, C)} が存在して、任意の射 {f, f'\in \textrm{Hom}_{\mathscr{A}}(A, B)}{g, g'\in \textrm{Hom}_{\mathscr{A}}(B, C)} に対して、

{g\circ (f + f') = g\circ f + g\circ f'}
{(g + g')\circ f = g\circ f + g'\circ f}
が成り立つ。

プレ加法圏の例は、例えばアーベル群の圏 {\textbf{Ab}}{R} 加群の圏 {R\textrm{-}\textbf{Mod}} である。

ここで、非自明なプレ加法圏の例として、単位環をあげよう。つまり単位環はプレ加法圏として考えることができるのである。
まず、単位環 {R} の定義を復習しよう。それは次のようなものである。2つの演算 和 {+: R\times R\to R} と積 {\cdot: R\times R\to R} と要素 {1\in R} が存在して、次の法則を満たす。

  1. 任意の要素 {a, b, c\in R} に対して、

{(a + b) + c = a + (b + c) } が成り立つ。

  1. ある要素 {0\in R} が存在して任意の要素 {a\in R} に対して

{a + 0 = 0 + a = a} が成り立つ。

  1. 任意の要素 {a\in R} に対して、ある要素 {-a\in R} が存在して

{a + (-a) = (-a) + a = 0} が成り立つ。

  1. 任意の要素 {a, b\in R} に対して、

{a + b = b + a} が成り立つ。
つまり、{R} は和に関してアーベル群である。さらに

  1. 任意の要素 {a, b, c\in R} に対して、

{(a\cdot b)\cdot c = a\cdot (b\cdot c)} が成り立つ。

  1. 任意の要素 {a\in R} に対して、

{1\cdot a = a} が成り立つ。

  1. 任意の要素 {a, b, c\in R} に対して、

{a\cdot (b + c) = a\cdot b + a\cdot c}
{(a + b)\cdot c = a\cdot c + b\cdot c}
が成り立つ。
つまり、{R} は積に関して、結合法則が成り立ち、積の単位元が存在して、分配法則が成り立つものである。

まず、単位環 {R} は圏として考えることができる。対象は1点 {\star} であり、射は環の要素 {a\in R} である。つまり、{a\in R}{a: \star\to \star} とみなす。射の合成を単位環の積として定義する。つまり、
{\star\overset{a}{\to}\star\overset{b}{\to}\star} に対して、{b\circ a:= b\cdot a: \star\to \star} で定義する。
このとき、環の合成法則より、射の合成法則が成り立つ。さらに単位環より、恒等射 {1: \star\to \star} が存在する。

続いて、{R} がプレ加法圏であることを示す。射のホモ集合 {\textrm{Hom}_{R}(\star, \star) = \{a: \star\to \star\}} は環の和によってアーベル群となる。つまり、{a, b: \star\to \star} に対して、{a + b:\star\to \star} で定義すれば、{\textrm{Hom}_{R}(\star, \star)} はアーベル群となる。
さらに {\textrm{Hom}_{R}(\star, \star)} が合成がバイリニアーであることは、単位環の分配法則によって成り立つ。つまり、{f, f'\in \textrm{Hom}_{R}(\star, \star)}{g, g'\in \textrm{Hom}_{R}(\star, \star)} に対して、
{g\circ (f + f') = (f + f')\cdot g = f\cdot g + f'\cdot g = g\circ f + g\circ f'}
{(g + g')\circ f = f\cdot (g + g') = f\cdot g + f\cdot g' = g\circ f + g'\circ f}
が成り立つ。
以上より、単位環 {R} はプレ加法圏とみなすことができる。


さて、プレ加法圏について次の命題が成り立つ。

命題 1
プレ加法圏 {\mathscr{A}} の対象 {A, B} に対して、次が成り立つ。

  1. {(P, p_A: P\to A, p_B: P\to B)}{A}{B} の積(product)である。
  2. {(P, i_A: A\to P, i_B: B\to P)}{A}{B} の余積(coproduct)である。
  3. ある対象 {P} と射 {p_A: P\to A,\, p_B: P\to B,\, i_A: A\to P,\, i_B: B\to P}が存在して、

{p_A\circ i_A = 1_A}
{p_B\circ i_A = 0}
{p_A\circ i_B = 0}
{p_B\circ i_B = 1_B}
{i_A\circ p_A + i_B\circ p_B = 1_P}
が成り立つ。

証明の前に積と余積の定義を復習しよう。{\mathscr{A}} の対象 {A, B} の積とは、対象 {P} と射のペア {(p_A: P\to A, p_B: P\to B)} であり、それが次の性質を満たすものである。すなわち、任意の射のペア {(f: X\to A, g: X\to B)} に対して、射 {p: X\to P} がただ1つ存在して {p_A\circ p = f} かつ {p_B\circ p = g} を満たす。

f:id:yoheiwatanabe0606:20190202005642p:plain
積の定義
双対的に余積が定義される。つまり、{\mathscr{A}} の対象 {A, B} の余積とは、対象 {P} と射のペア {(i_A: A\to P, i_B: B\to P)} であり、それが次の性質を満たすものである。すなわち、任意の射のペア {(f: A\to X, g: B\to X)} に対して、射 {i: P\to X} がただ1つ存在して {i\circ i_A = f} かつ {i\circ i_B = g} を満たす。
f:id:yoheiwatanabe0606:20190202010429p:plain
余積の定義

証明
{(1)\iff (3)} を示す。{(2)\iff (3)} も同様に示される。
{(1)} ならば {(3)} を示す。
{(P, p_A: P\to A, p_B: P\to B)}{A}{B} の積とする。積の定義より、{i_A: A\to P}{i_B: B\to P} で、
{p_A\circ i_A = 1_A}
{p_B\circ i_A = 0_{A, B}}
{p_A\circ i_B = 0_{B, A}}
{p_B\circ i_B = 1_B}
が成り立つような射がただ1つそれぞれ存在する。
f:id:yoheiwatanabe0606:20190201113032p:plain
ここで、{0_{A, B}: A\to B} および {0_{B, A}: B\to A} はそれぞれアーベル群 {\textrm{Hom}_{\mathscr{A}}(A, B), \,\textrm{Hom}_{\mathscr{A}}(A, B)}単位元である。

このとき、{i_A\circ p_A + i_B\circ p_B = 1_P} を示せばよい。{s = i_A\circ p_A + i_B\circ p_B} とおくと、積の唯一性より、{s\circ p_A = p_A} かつ {p_B\circ s = p_B} を示せばよい。
よって、プレ加法圏の性質より、
{p_A\circ (i_A\circ p_A + i_B\circ p_B) = p_A\circ i_A\circ p_A + p_A\circ i_B\circ p_B = 1_A\circ p_A + 0 = p_A}
{p_B\circ (i_A\circ p_A + i_B\circ p_B) = p_B\circ i_A\circ p_A + p_B\circ i_B\circ p_B = 0\circ p_A + 1_B\circ p_B = p_B}
である。
f:id:yoheiwatanabe0606:20190202003000p:plain

以上より、{(1)} ならば {(3)} が示された。
逆に、{(3)} ならば {(1)} を示そう。任意のペア {(f: X\to A, g: X\to B)} に対して、射 {p: X\to P}{p = i_A\circ f + i_B\circ g} で定義する。このとき、プレ加法圏の性質と(3)の仮定より
{p_A\circ p = p_A\circ (i_A\circ f + i_B\circ g) = p_A\circ i_A\circ f + p_A\circ i_B\circ g = f}
{p_B\circ p = p_B\circ (i_A\circ f + i_B\circ g) = p_B\circ i_A\circ f + p_B\circ i_B\circ g = g}
である。
このような射がただ1つであることを示すために、射 {q_1, q_2: X\to P} が存在して
{p_A\circ q_1 = f}
{p_A\circ q_2 = f}
{p_B\circ q_1 = g}
{p_B\circ q_2 = g}
を満たすとする。このときプレ加法圏の性質と(3)の性質 {i_A\circ p_A + i_B\circ p_B = 1_P} より、
{q_1 = 1_P\circ q_1 = (i_A\circ p_A + i_B\circ p_B)\circ q_1}
{= i_A\circ p_A\circ q_1 + i_B\circ p_B\circ q_1 = i_A\circ p_A\circ q_2 + i_B\circ p_B\circ q_2}
{= (i_A\circ p_A + i_B\circ p_B)\circ q_2 = 1_P\circ q_2}
{= q_2}
つまり、{q_1 = q_2} である。これで射の唯一性が示された。
以上より、{(3)} ならば {(1)} が示された。
(証明終わり)


ここでこのような対象を定義しよう。

定義(バイプロダクト)
プレ加法圏 {\mathscr{A}} の対象 {A, B}バイプロダクト {A\oplus B} とは、5つの組み {(A\oplus B, p_A, p_B, i_A, i_B)} であり、それぞれ
{A\oplus B}{\mathscr{A}} の対象で、
{p_A: A\oplus B\to A}{\mathscr{A}} の射で、
{p_B: A\oplus B\to B}{\mathscr{A}} の射で、
{i_A: A\to A\oplus B}{\mathscr{A}} の射で、
{i_B: B\to A\oplus B}{\mathscr{A}} の射で、
次の性質を満たすものである。
{p_A\circ i_A = 1_A}
{p_B\circ i_A = 0}
{p_A\circ i_B = 0}
{p_B\circ i_B = 1_B}
{i_A\circ p_A + i_B\circ p_B = 1_{A\oplus B}}

このとき、{p_A, p_B}{A\oplus B}プロジェクション(射影)といい、{i_A, i_B}{A\oplus B}インジェクション(入射)という。

上の命題よりバイプロダクトは積でもありかつ余積でもある。
さらに、容易にわかるようにプロジェクションはエピモルフィズムであり、インジェクションはモノモルフィズムである。
{f: A\to B} がモノモルフィズムであるとは、任意の射のペア {g, h: X\rightrightarrows A}{f\circ g = f\circ h} に対して、{g = h} が成り立つことである。
双対的に射 {f: A\to B} がエピモルフィズムであるとは、任意の射のペア {g, h: B\rightrightarrows X}{g\circ f = h\circ f} に対して、{g = h} が成り立つことである。

プロジェクション {p_A: P\to A} がエピモルフィズムであることを示すために、射のペア {g, h: A\rightrightarrows X}{g\circ p_A = h\circ p_A} を満たすとする。このとき、{g\circ p_A\circ i_A = h\circ p_A\circ i_A}{g\circ 1_A = h\circ 1_A} となるので、{g = h} となる。{p_B} のときも同様である。
インジェクション {i_A: A\to P} がモノモルフィズムであることを示すために、射のペア {g, h: X\rightrightarrows A}{i_A\circ g = i_A\circ h} を満たすとする。このとき、{p_A\circ i_A \circ g = p_A\circ i_A\circ h}
{1_A\circ g = 1_A\circ h} であるから、{g = h} となる。{i_B} も同様である。

加法圏

以上より加法圏を定義することができる。加法圏とはバイプロダクトとゼロ対象を持つプレ加法圏である。

定義 (加法圏)
プレ加法圏 {\mathscr{A}}加法圏であるとは、{\mathscr{A}} がバイプロダクトとゼロ対象を持つものである。

アーベル群の圏 {\textbf{Ab}} は加法圏である。
{R} 加群の圏 {R\textrm{-}\textbf{Mod}} は加法圏である。
単位環 {R} はプレ加法圏であるが、加法圏ではない。


次回は加法圏について議論する。



僕から以上